不慣れなアスワンの町の大通りに立ち、不安げに行き交う車を見つめる。
「ほら、行くぞ」
その私を、握られた手が、ぐんと引っ張った。
手の主は、ここに住むエジプト人ムハンマド。
私の手を引くその手からは、ぬくもりと共に、僕にまかせておけばだいじょうぶという彼の自信が私に伝わってくる。
きっと根拠もないだろうにすごい自信だな。
そう思う一方で、その自信のおかげで安心している自分がいることに私は小さく口元で笑った。
彼の背を追い、歩く。しかし、彼はやっぱり道を間違えた。
けれど、道を間違えるくらいじゃ、彼の自信は崩れない。
私の手を引く力にいっそうの力をこめ、ずんずんと道を歩く。
迷いに迷って、それでも歩き、そしてついには目的の場所についてしまった。
「ほら、着いただろう?」
たしかに。私のほうを振り返り、得意気に言う彼の横顔には笑みを漏らすほかない。
「ありがとう」
「いいんだよ」
お礼を述べる私を彼は引き寄せ、抱きしめた。私も軽く抱擁を返す。
その頬の横で彼が軽く口づけの音を鳴らす。
肌が、あわ立つ。もうだめだ。はやく彼から離れないと。
私の心が叫んでいる。
「男同士でなんでここまですんねん!!」
男同士で手を絡めあい男同士で抱擁し、男同士で頬に口づけのまねごと(触れてはいない。音だけだ。断固として音だけだ)。
男同士で。男同士で。
「うおおおおおおおおおぉぉぉぉ」
葛藤が消化しきれず、心の底で私はうめいた。
気持ち悪いと思ってはいけない。気持ち悪いと思ってはいけない。いい人なんだ、道案内してくれた彼はいい人なんだ。親愛を示す方法の文化が違うだけなんだ。
抱擁くらい日本人もするじゃないか。手を握るくらい何でもないはずだ。キスの音…キスの音はっ……!
奥底から次々に生まれてくる、ある種の言葉に次々とフタをする。
親切にしてくれた相手に対して失礼な態度を取ってしまわないよう、強固に栓を締める。
力いっぱい、押さえ込む。
だいじょうぶ。ぼくだいじょうぶ。あらぶのひといいひと。
てをにぎってくるけど、ほうようしてくるけど、きすのおとならしてくるけどだいじょうぶ。
きもちわるくない。
なんとか理性ですべてを押さえ込んだ私は、抱擁をといた彼ともう一度握手した。
そしてもう一度抱擁された。
「ひいぃぃぃぃキスだけはやめてぇぇ」
感情は表に出さなかった。
アラブの親愛表現。
慣れません。
次回→疲れた…!インドビザをエジプトで取得@カイロ_世界一周旅行92
前回→アラビア語を学んだので、試した結果@カイロ・エジプト_世界一周90
コメント
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声を立てて笑えました。あなたもいいひとだよ。
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笑っちゃったよー(o^∇^o)
女の人にも男の人にもメキシコでは挨拶で、頬と頬とくっつけてちゅって音がするよ。ドキドキするよね。
挨拶・・・慣れるといいね!笑
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>熊五郎の家さん
ありがとうございます。抱かれたかいがありました笑
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>アッキーさん
…どきどきというか、ぞわぞわです笑