バルセロナに着いて私は絶望した。
バルセロナにはいくつものガウディ建築があるのだが、そのどれもが、鼻血が出るほど入場料が高いのだ。
節約に節約を重ねて旅をしている私にとっては、その入場料はあまりに痛い。
そこで泣く泣く私は、内部へ入るのは無料なグエル公園と、
最も有名なガウディ建築であるサクラダファミリアだけに絞ることにした。
町を巡る交通の足としては、メトロ(地下鉄)では10回の回数券がお得だったので、それを利用する。
翌日の移動に使用する分も計算にいれて、ガウディ建築をいくつか見て回り(外側だけ)、グエル公園を見て、その足でそのままサクラダ・ファミリアへと向かうルートを組んだ。
サクラダ・ファミリアにはそれなりに時間を使おうと思っていたので、午前中の観光はちょっと強行軍ではあったが、たまにはこういうものもいいものである。
1時ごろにはサクラダ・ファミリア前の駅へ到着した。
どきどきしていた。
基本的に私は人の作ったものより自然が好きで、建築物には基本的にそれほど興味がない性質の人間なのだが、このときはちがった。
なんといっても、サクラダ・ファミリアである。
ガウディの未完の最高傑作で、観光大国スペインが世界に誇る未来への遺産である(「未完」なのでまだ世界遺産には登録されていないのだが)。まあ、なんだかんだミーハーな人間である私の胸が高鳴らないわけがない。
メトロの駅から地上に出る。
サクラダ・ファミリアはどこじゃいな、と周囲を見渡すと、人々は私の背後、少し上空へ眼をやっているようだ。
彼らの目線を追うように、身体ごと振り向く。それは、そこにあった。
サクラダ・ファミリア。
そびえ立つガウディ未完の最高傑作。
圧倒された。
バルセロナ市内であれば、見通しのよい場所からならば、どこからでも見えるその巨大さはもちろんのこと、外部・内部の装飾の華美・荘厳さ。
長い行列に並んで入場し、内部に入ってからは、椅子に腰掛け、鳴り響く音楽に耳を傾けながら、はるか上に設けられた採光窓から入ってくる太陽光を見つめ、ぼけーーーっ、とした。
しばらく斜め上を見上げ続けた。
どれくらい見ていたかわからないが、十分長い時間見学し、満足したところで、今度はサクラダ・ファミリアの塔の上部に上ってみたくなった。
エレベーターがついているそうだが、その乗車券の値段が微妙に高かったので、私は買っていない。
内部にはあると聞いた階段を使い、気合と根性で登ろうと思い、係員に聞いた。
「上に上がる階段、どこですか?」
「階段はくだり専用です。エレベーターを使ってください」
けちけちした節約は許されないようだ。私はエレベーターの券を買いに言った。お金がどんどん出て行く。
「チケットください」
「はい、それでは、1時間後にエレベーターにお乗りください」
なんか順番制らしい。
こんなことなら、最初に入場券と一緒に買っておけばよかった。
再び椅子にもたれて、私は先程の見とれてた時とは違う理由でぼーーーーっと空から入ってくる光を見上げた。
観光を一通り終わって満足してからの1時間である。暇で暇で仕方なかった。
しかししばらくすると、そんな私に声をかけてくれる人達がいた。
ホセとアイナ。地元スペインのカップルである。
なんでも、彼らもエレベーター待ちで暇らしい。
3年ほど前、日本を訪れたことがあるらしく、話はけっこう盛り上がった。
彼ら(特にホセ、男性のほう)は寿司が好きらしい。おかげさまで私のあだ名はSUSHIになった。
「Nice to meet you Sushi」
ないすとぅみーちゅー。
ホセは熱心に寿司の魅力を語った。もう、彼は本当に寿司が好きらしい。
「日本に行った時は朝昼晩寿司を食べたよ」
「1週間、寿司ばかり食べた」
とか、少し頭おかしいくらい彼は寿司が好きらしい。
喋るうちに、思いがこもってきて、
「Sushi is delicious」とか、
「I love Sushi」
と、熱っぽく、語った。目をらんらんと輝かせて語った。
私のあだ名はSUSHIである。
ちょっとこわかった。
雑談をしていると、1時間は案外あっさりと過ぎ去った。
彼らと他10人ほどの人と共に、エレベーターで、サクラダ・ファミリアの塔のうちの一つの上部へ上った。
エレベータから下り、螺旋階段を使い、さらに上へ。所々に空いている窓から景色が見え、吹き付ける風が気持ちよかった。
最上部に達すると、そこは少し開けており、隣の塔への連絡橋がかかっていた。
私はこの橋からの眺めが気に入り、しばらくそこから眼下の景色を眺めていた。二人も、私とは反対サイドで景色を眺めているようだ。
しかし、しばらくして、肩をつつかれた。
なにかと振り向くと、彼が思いつめたような表情で私を見つめている。
「SUSHI」
小声だけど、真剣な声。眼差し。
どうしよう。
「ちょっといいかな」
ホセが私の手の上に物を置いた。手は汗かなにかですこし湿っている。
プレゼント?
あかんです。すごくあかんです。
私は恐れおののいた。しかし、手に渡されたのはカメラ。
「写真、撮って欲しいんだ」
私にも緊張が伝わってくるような、そんな張り詰めた声。
私は疑問を感じた。彼の言葉にではない。彼の言葉の予想はついていた。
冗談めかして書きはしたが、彼には立派にアイナという彼女がいるのだ。それで、こういう場所で私に頼むことといえば、まあ、写真だろう。だから、それは疑問に値することではない。
私が疑問に思ったのはほかの事だ。彼の言葉ではなく、その態度だ。写真ごときで、こうも緊張するものだろうか。
内心、首を傾げつつも、私はもちろん彼の願いは快諾した。
「ありがとう」
という声も、やはり硬い。
心なしか、震えてさえいるかもしれない。
どうしたのか。
少し心配になった私の前で、彼は、なにかをふり切るように、自分を落ち着かせるように、息を吐き、ズボンの後ろポケットから何かを取り出し、中が見えないよう、両手で包んだ。
それを手に乗せ、背を向け景色を見ているアイナに声をかける。
「アイナ」
彼女が振り向く。
ホセは包んでいた両手を彼女に向けて開き、なかにあるものを見せた。
それは、小箱。
指輪が入った小箱。
「結婚して欲しい」
はっきりと、ホセは言った。
アイナが両手で口を覆った。声は、言葉にならなかった。
顔は驚きと歓喜で溢れている。涙がこぼれた。
アイナの答えは、まあ、わかるだろうけど、写真を見て欲しい。
そこにいた全員が、彼らを祝福した。
「人の不幸は蜜の味。人の幸福ハバネロ味」がモットーの私もめずらしく素直に祝福した。
サクラダ・ファミリア上でのサプライズプロポーズ。
ちょっとあまりにできすぎていて、ドラマのようだった。
二人の最高に幸せそうな顔。
彼らと私のカメラ、両方で写真を撮ると、「ありがとう」と言われたが、それは私の台詞な気がする。
人生の最高の瞬間のカメラマンを、こんなどこの馬の骨とも知れん私に任せてくれてありがとう。
彼らに当てられて、私まですごく幸せな気持ちになった。
サクラダ・ファミリアから出ると、彼は私に「一緒に飯でも食べないか」と言ってくれたが、さすがにいくら私でもここで二人きりの時間を邪魔するほど野暮ではない。彼らにお祝いの言葉を述べ、その場を後にした。
いつか、ずっとずっとあとになって。
彼らがあの最高の瞬間の写真を見るときに、「そういえば、SUSHIっていう日本人に撮ってもらったんだよな」と思い出してくれることを願って。
次回→アラビア語を学んだので、試した結果@カイロ・エジプト_世界一周90
前回→トマト祭り参戦!4~祭り本番。そして帰り道@スペイン・ブニョール_世界一周88
コメント
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いつもと全然違う「感動モノ」ではありませんか!今後の検討をいのる。
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めちゃくちゃええ話やないか!!!
さては髭ではないのではないかと思うほど!!
そして外人カッコええええ!!!!
俺もするわ,金閣寺とかで
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>熊五郎の家さん
たまにはそういうこともあるのです。
たまには笑
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>たかさん
やつはほんまかっこよかった!
…ん、あれ、ナイスカメラマンたる俺への褒め言葉がないぞ
・・・・・・金閣寺ではあんまり決まらん気がするのだが笑
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やべぇ、始めて読んで良かったと思ったぞ笑
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>シャーリィさん
またまた。はじめてなんて、うそばっかりっ!