9月の初旬の真っ昼間、ヨーロッパ観光を終えた私は、バックパックを背負い、エジプトのカイロを歩いていた。
空港からバスとメトロ(地下鉄)を乗り継ぎ、カイロ市内の安宿へ向かう途中だ。
その横を、いかにも体に悪そうな排気ガスを巻き上げたバスが砂ぼこりを巻き上げ、通り過ぎていく。
バスのフロントガラス上部の電光掲示板に記されているのは、行き先を示す文字。
ただし、私には読めない。「ミミズののたくったような」と形容されるアラビア文字だからだ。
私を追い越したバスが過ぎ去った道路上を、次々に通り過ぎていく一般の車や、バイクのナンバープレートに記されているのも、アラビア文字。
ただし、こちらは読める。
私は今回の旅で最初に旅したメキシコで、スペイン語をまったく知らずにえらい苦労した。
このため、今回、「英語がそれほど通じない」と教えられたエジプト入国にあたり、数字の読み書きと、いくつかの超基礎的なアラビア語の発音を覚えてきたからだ。失敗を生かし、旅をより快適、有意義なものにしようとする努力を怠らない。我ながら立派である。
みんな、ほめてよいぞ。
唯一読めるアラビア語である数字を見るのが嬉しい私は、通り過ぎる車のナンバープレートや、歩道脇にある店のウインドウに並べられた商品の値段を、意味もなく読みながら町を歩いた。
しかし、小一時間も歩くうちに、のどが渇いていた。
なんといっても、エジプトはアラビア語の国である以前に、砂漠の国なのだ。
40度とかいうありえない温度と、からからに乾ききった気候は身体から容赦なく水分を奪い去っていく。
道路わきの小さい商店で水を買うことにした。練習ということで、ここでもアラビア語を使う。ギリシャでけっこうまじめにがんばって覚えたのだ。
ほめてよいぞ。
「みず、いくら?」
「ファイブ、エジプシャンポンド」
英語である。この彼はどうやらエジプトではめずらしく英語が喋れるようだ。
わざわざアラビア語で聞いたのだから、アラビア語で返して欲しかったところだが、仕方ない。お礼を言って、水を受け取った。
歩きながら、500mlペットボトルの中身を勢いよくのどに流し込む。
乾ききっていたのどが鳴り、ごくごくと水を飲み干していく。ペットボトルはあっという間に空になった。
のどの渇きはいえた。
しかし、じりじりと肌を焼き、バックパックを背負った背を汗で濡らす強烈な陽射しはいかんともしがたい。
早く宿にたどり着いて、多少は涼しくなるであろう夕方まで休みたいところなのだが、目指す宿までの道がいまいちわからない。
カイロ市街の道路は、京都の碁盤の目のような整然とした道ではなく、大阪、あるいは東京の下町のように細い路地が入り組んでいるため、ちょっとわかりづらいところもあるのだ。
私はそこらへんを歩いている地元民を捕まえて道を聞いた。
この宿、どうやっていけばいいですか?」
たずねる言葉はもちろんアラビア語だ。
「ゴー ストレート ファイブ コーナー アンド なんちゃらかんちゃら」
返答は英語だ。
おかしいぞ。エジプトは英語が通じないはずだったのではないのか。
それから幾度か同じことを繰り返して宿にたどり着いた。
宿の主人に聞いてみた。
「エジプトって、英語通じるの?」
「オフコース」
おい。
主人の言葉は正しかった。
これから3週間私はエジプトを旅したのだが、完全に英語が通じないのはリキシャーの運転手くらいのもので、町中では、ちょっと探せば英語を話せるやつが誰かしら見つかった。
誰だ英語通じないって言ったやつ。
おかげで私はアラビア語を話す機会もなく、今ではほぼすべてすっぱりと忘れさってしまっている。
「ワーヘド、イトネーン、タラッタ、アルバア……」
1、2、3、4……
……5って、なんやったけかな。
まじめにがんばった割に、ネタが一つ増えただけだった。
前回→サグラダ・ファミリアとプロポーズ@スペイン・バルセロナ_世界一周89
コメント
SECRET: 0
PASS:
アラビア語は話せないけど、英語は話せたっけ?たしか、英語は話せなくても世界は回れるがテーマだったような気がする。でも、英語の力と生きる力向上しているよねえ。必然性ってすてき。
SECRET: 0
PASS:
>熊五郎の家さん
日常会話以下でなら、多少話せるようなりました笑